日本が体験した高度経済成長、それは世界的に見ても非常に異例なことであった。そもそも戦後の日本の経済体制自体が異例だったために起こったことといえるが、その日本独特の経済体制とはいったいどのようなものだったのだろうか。端的にいえば、それは銀行を中心とした政府による管理経済である。政府は日本全体を急速に発展させるために社会保障を各企業に任せ、その代わりに企業を富ませるように経済の活性化を主眼とした政策を長い間とってきた。銀行をはじめとした金融機関を政府が保護し、企業へとスムーズに資金が流れるようにしたのである。それは高度経済成長を見れば分かるように、成功したといえるだろう。しかし、近年になり金融の規模が海を越え、グローバル化していくにつれて政府の保護政策は逆に足かせとなってしまったのである。それは骨折をしたとき、その箇所を守るためにガチガチにギプスで固めてしまうのに似ている。骨折を回復させるために、ギプスは外からの衝撃を和らげる役割を果たし非常に効果的に働くこととなる。これが高度成長期の日本の金融である。しかし、骨折が回復してしまえばギプスは必要なくなってしまう。ギプスをつけ続けることは、逆に自由な動きを奪ってしまいやりたいことも思うようにすることが出来ないだろう。これがグローバル化にさらされた日本の状態である。政府の保護政策が金融機関の自由を奪う形となってしまったのである。
この状況を打開するために行われたのが「金融ビッグバン」である。現在の日本は規制の大半が撤廃され、順調にビッグバンは進行している。しかしながら、ここでは金融ビッグバン以前の政府規制の状況を詳しく見ていきたい。それ以前のことを知ることによって、その出来事の意義、変化がより明確に理解できると考えるからである。従って今後、政府の規制の概要、実際の規制の形態、その規制の有効性の低下とそれぞれを詳しく見ていきたい。
日本版ビッグバンに至るまでの経緯と規制について
1.はじめに
日本が体験した高度経済成長、それは世界的に見ても非常に異例なことであった。そもそも戦後の日本の経済体制自体が異例だったために起こったことといえるが、その日本独特の経済体制とはいったいどのようなものだったのだろうか。端的にいえば、それは銀行を中心とした政府による管理経済である。政府は日本全体を急速に発展させるために社会保障を各企業に任せ、その代わりに企業を富ませるように経済の活性化を主眼とした政策を長い間とってきた。銀行をはじめとした金融機関を政府が保護し、企業へとスムーズに資金が流れるようにしたのである。それは高度経済成長を見れば分かるように、成功したといえるだろう。しかし、近年になり金融の規模が海を越え、グローバル化していくにつれて政府の保護政策は逆に足かせとなってしまったのである。それは骨折をしたとき、その箇所を守るためにガチガチにギプスで固めてしまうのに似ている。骨折を回復させるために、ギプスは外からの衝撃を和らげる役割を果たし非常に効果的に働くこととなる。これが高度成長期の日本の金融である。しかし、骨折が回復してし...