「メノン」は、テッタリアの青年メノンと、プラトンの師ソクラテスによる対話の形で綴られる。対話のきっかけは、メノンの「徳とは人に教えられるものか、それとも訓練によって身につけられるものか、それともまた生まれつきの素質であるのか」という問いである。それに対しソクラテスは、直接答えを授けることはせずに、メノンと共に考えようとする姿勢をとり、ある程度議論が決着するところまで進めてく。
あくまで対話の主題は「徳」についてであるが、その道中には「知」とか「知識」というものについての、プラトンからの主張が見受けられる。
まず、メノンの問いに対しての「自分はそもそも徳というものが何であるかしらないし、それを知っている人物に出会ったこともない」という答えや、メノンが語る得の定義が、徳の要素を並べ立てているだけで、それらに共通する「全体的に見て徳とは何か」を説明できていないと指摘し、メノンとその師ゴルギアスをして、徳というものが何であるか知りえていないということを解き明かす。「無知の知」とはソクラテスに於ける中心的な態度であるが、ここではソクラテスがメノンにその無知を自覚させる場面を示すことによって、ソクラテスの弟子であるプラトンも、その態度に同調していることがわかる。
「メノン」に見る、
プラトンに於ける「知」のスタンス
BrightOrder
「メノン」は、テッタリアの青年メノンと、プラトンの師ソクラテスによる対話の形で
綴られる。対話のきっかけは、メノンの「徳とは人に教えられるものか、それとも訓練に
よって身につけられるものか、それともまた生まれつきの素質であるのか」という問いで
ある。それに対しソクラテスは、直接答えを授けることはせずに、メノンと共に考えよう
とする姿勢をとり、ある程度議論が決着するところまで進めていく。
あくまで対話の主題は「徳」についてであるが、その道中には「知」とか「知識」とい
うものについての、プラトンからの主張が見受けられる。
まず、メノンの問いに対しての「自分はそもそも徳というものが何であるかしらない
し、それを知っている人物に出会ったこともない」という答えや、メノンが語る得の定義
が、徳の要素を並べ立てているだけで、それらに共通する「全体的に見て徳とは何か」を
説明できていないと指摘し、メノンとその師ゴルギアスをして、徳というものが何である
か知りえていないということを解き明かす。「無知の知」とはソクラテスに於ける...