スピノルⅡ(形式重視)
形式重視とは言いながら、この回でイメージを完成させる。
回転の別形式を探る
前回のスピノルの説明では具体的イメージを重視して、波動関数を経由する方法を取った。 しかし数学寄りの別の説明もできることを示しておこう。 具体的なイメージも大事だが、理論の拡張に備えて簡潔な形式で表し直しておくことも大事である。
まず、パウリ行列を使った次のような量を定義する。
この w は行列であり、場所の関数になっている。 この量が何を意味するのかは問題にはしない。 これはただの足掛かりだ。 x 系とは別の座標系 x' にいる人が同じ手続きでこの量を計算すれば、次のようなものになるだろう。
この w の成分を具体的に書いてやると、
となっており、エルミート行列になっていることが分かる。 まぁわざわざ計算するまでもなく、エルミート行列の和はエルミートなので当然ではある。 この行列 w には他にも面白い性質があって、行列式を計算してやると、
となっている。 またもう一つあって、w を2乗してやると
となっている。
さて、これからやろうとしていることを予め明かしておくと・・・、回転行列 R を使わない方法で空間の回転を表現するような何か抜け道的な方法がないかと探ろうとしているのである。
空間を回転させるときには r の値が変化しないのだった。 よって r が変化しないような変換を考えてやればいいだろう。 先に挙げた w の性質を使うと、次のような w の変換則を導入すれば、変換後も r2 の値が一定に保たれている事が分かる。
ここで P は任意の2次の正則行列である。 なぜこれで r の値が保たれるかと言うと、
となるし、
となるからだ。
さて、P は任意の正則行列だと言ったが、 w がエルミート行列である事を考慮すると P にはもう少し厳しい条件が付いてくるのである。 というのは、(1)式の両辺のエルミート共役を取ると、
となる。 これは結局(1)式と同じ変換を意味しているのであって、 P† = P-1 だということになる。 つまり P はユニタリ行列だということだ。
ところがここまでの議論には「大きな嘘とゴマカシ」があるのである。 いかにも(1)式が r の値を保存する一般的な変換則であるかのように説明してきたが、実はそうではない。 r の値が保存するような座標変換と言えば、回転の他に鏡像変換がある。 しかし、(1)式の形では鏡像変換を実現するような P は存在し得ないのである。 その証明は今の本質ではないから気になる人には後で自分で確認してもらうことにしよう。
こうなると(1)式が本当に全ての回転変換を含んでいるのかどうかについても強い疑いが湧くことだろう。 しかしその点は問題ない。 それについては後でちゃんと確認することを約束しよう。 今は「この計算の目的自体に嘘がある」ことを頭の片隅に置いたままでしばらく騙されたふりをして先へ進んでもらいたい。
回転行列との関係
ところで初めの方で x 系と x' 系での w の定義を書いておいたが、それらを(1)式に代入してみよう。
こうして w はどこかへ行ってしまった。 前にも言ったように、w は論理の助けとして利用したに過ぎない。
さらに x 系と x' 系が回転変換によって結ばれているのだと強引に仮定しよう。 つまり x' = R x という関係が成り立っているということであり、ちゃんと成分で書けば、
だということだ。 これを(2)式に
スピノルⅡ(形式重視)
形式重視とは言いながら、この回でイメージを完成させる。
回転の別形式を探る
前回のスピノルの説明では具体的イメージを重視して、波動関数を経由する方法を取った。 しかし数学寄りの別の説明もできることを示しておこう。 具体的なイメージも大事だが、理論の拡張に備えて簡潔な形式で表し直しておくことも大事である。
まず、パウリ行列を使った次のような量を定義する。
この w は行列であり、場所の関数になっている。 この量が何を意味するのかは問題にはしない。 これはただの足掛かりだ。 x 系とは別の座標系 x' にいる人が同じ手続きでこの量を計算すれば、次のようなものになるだろう。
この w の成分を具体的に書いてやると、
となっており、エルミート行列になっていることが分かる。 まぁわざわざ計算するまでもなく、エルミート行列の和はエルミートなので当然ではある。 この行列 w には他にも面白い性質があって、行列式を計算してやると、
となっている。 またもう一つあって、w を2乗してやると
となっている。
さて、これからやろうとしていることを予め明かしておくと・・・、回転行列 R を使わない方法で空間の回転を表現するような何か抜け道的な方法がないかと探ろうとしているのである。
空間を回転させるときには r の値が変化しないのだった。 よって r が変化しないような変換を考えてやればいいだろう。 先に挙げた w の性質を使うと、次のような w の変換則を導入すれば、変換後も r2 の値が一定に保たれている事が分かる。
ここで P は任意の2次の正則行列である。 なぜこれで r の値が保たれるかと言うと、
となるし、
となるからだ。
さて、P は任意の正則行列だと言ったが、 w がエルミート行列である事を考慮すると P にはもう少し厳しい条件が付いてくるのである。 というのは、(1)式の両辺のエルミート共役を取ると、
となる。 これは結局(1)式と同じ変換を意味しているのであって、 P† = P-1 だということになる。 つまり P はユニタリ行列だということだ。
ところがここまでの議論には「大きな嘘とゴマカシ」があるのである。 いかにも(1)式が r の値を保存する一般的な変換則であるかのように説明してきたが、実はそうではない。 r の値が保存するような座標変換と言えば、回転の他に鏡像変換がある。 しかし、(1)式の形では鏡像変換を実現するような P は存在し得ないのである。 その証明は今の本質ではないから気になる人には後で自分で確認してもらうことにしよう。
こうなると(1)式が本当に全ての回転変換を含んでいるのかどうかについても強い疑いが湧くことだろう。 しかしその点は問題ない。 それについては後でちゃんと確認することを約束しよう。 今は「この計算の目的自体に嘘がある」ことを頭の片隅に置いたままでしばらく騙されたふりをして先へ進んでもらいたい。
回転行列との関係
ところで初めの方で x 系と x' 系での w の定義を書いておいたが、それらを(1)式に代入してみよう。
こうして w はどこかへ行ってしまった。 前にも言ったように、w は論理の助けとして利用したに過ぎない。
さらに x 系と x' 系が回転変換によって結ばれているのだと強引に仮定しよう。 つまり x' = R x という関係が成り立っているということであり、ちゃんと成分で書けば、
だということだ。 これを(2)式に代入してやろう。
このままでは不恰好なので、なるべく簡単にならないかと考えて変形の努力をしてやる。
これで座標値 x も消えて随分簡単な形式になった。 和の記号ばかりで式が複雑なので、最後の(3)式への変形に疑いを持つ人がいるかも知れない。 しかしこれは簡単な係数比較の論理を使っただけであり、例えば
とやるのと同じことである。
さて、(3)式はとてもシンプルで美しいが、x まで消去してしまったために、一体何を意味するのか、何に使えるのかよく分からない関係式になっている。 しかしこれはとても重要な関係式なのである。
ここまでは前回の話とはまるで無関係であるかのように話を進めてきた。 しかし実は今回の P と前回出てきた U とは同一のものであるという話へ持って行きたいのである。 本当にそうなのか、確認してみよう。
同等性の確認
(3)式の左辺を変形してやる。 ただし前回と同じ事情があるので、回転行列 Rij として無限小の回転の場合のものを採用することにする。 つまり、
である。 しかし、この行列表記は式変形をするには非常に扱いにくい。 よって次のような表記を使う事にしよう。
δij は2つの添え字 i と j が同じ値の時は1で、それ以外は0になるというおなじみの「クロネッカーのデルタ」と呼ばれるものだ。 行列 R の対角成分が1であることを表すのに使われている。 また εijk は「レビ・チビタの記号」であり、 その意味と次の式変形に使う公式は別記事に まとめておいた。
これらの準備によって、(3)式の左辺の変形はスムーズに進む。
最後の行への式変形はなかなかトリッキーだが、逆算してみれば意味が分かるだろう。 その際に、dθ の2次の項は無視して捨ててしまう事と、 σi どうしの積は順序を変えてはいけないことに注意する必要がある。
さて、この結果と(3)式の右辺を見比べると、ひょっとして
であることが言えるのではないか、という事に気が付く。 この形は前回の無限小回転のユニタリ変換
に似ている。 L の代わりにスピン行列 s を入れれば、
であり、まさに P は U と同じものだ。 つまり、(3)式の P を U に置き換えた式である
が成り立っているのである。
さて、P と U とは本当に同一のものだろうか・・・と前回求めたものを見直してみると、 U の行列式は θ の値に関わらず常に1になっているのである。 前回は z 軸の周りの回転しか具体的に求めることをしなかったが、もし他の軸の周りの行列も求めてやれば、やはり行列式は1であることが分かるだろう。
ところが先ほど P についてはユニタリだと言っただけで行列式の値については制限をしなかった。 つまり P と U が同一であるというためには少し条件が足りなかったことになる。 では行列式が 1 ではない場合のユニタリ変換 P が意味するものは何だろうかと気になることだろう。 (1)式は座標 x から x' への変換を表していると考えたのだった。 行列式の値が1の場合とそうでない場合にどんな違いがあるだろうか。
実はないのである。 例えば行列式が1の、あるユニタリ行列に exp { iα } を掛けたものは、行列式が exp { 2iα } のユニタリ行列になるが、これらは(1)式の座標変換について言えば、同じ意味の変換を与えるのである。 このような「余計な自由度」はスピンの変換を考える上では必要ないので、とりあえず行列式は1ですと言っておけば問題ない。
さて、この他にも気になることはある。 スピンの変換行列は行列式が1のユニタリ行列で表されるが、逆はどうだろう。 行列式が1となるような2行2列のユニタリ変換ならば、全て例外なく、スピンを回転させる意味を持っているとまで言えるのだろうか・・・。 その通りである。 それを証明するのは少々の根気が要るが、難しくはない。 特別な定理も要らない。 大学受験の難問奇問よりは遥かに簡単だろう。 要するに、ユニタリ行列 U の成分として適当な複素数を指定してやった時に、いつでも3つの回転角が定まることが分かればいいのだから、それを求めるための関係式を導いてやればいいだけの話である。 ここでやるのは面倒なので、読者にお任せする。
さあ、ここで「議論のゴマカシ」の正体を明かそう。 回転行列の代わりとして別の表現も可能であることを示したい、という態度を取ってきた。 しかし本当は、スピンの変換行列 U と、回転行列 R による変換の間の関係式を求めたかっただけなのだ。 つまり(4)式が欲しかったのだ。 まるで因幡の白兎のようなことをしてしまった。
教科書によっては「(4)式を満たす、行列式が1のユニタリ行列 U によって変換される2成分の量をスピノルと呼ぶ」という定義を紹介しているものもあるが、まぁ、そう言えなくもない。 実際は「行列式が1のユニタリ行列 U 」である時点でスピノルを変換する行列としての資格があるのだから、3次元での回転との対応を「定義」している式だという意味に取るべきだろう。
ちなみに今回のような、2次の特殊ユニタリ行列(つまり行列式が1であることを特殊と言っている)によって変換される回転の対称性を、群論では SU(2) と表記して分類している。 Special Unitary (2次)の略だ。 豆知識として知っておくと色々と役に立つだろう。
(1/2)階のテンソル
スピノルを別の形で定義することが出来たので、前回論じることのなかったスピノルの面白い性質が紹介できるようになった。
例えば、スピノルを2つ組み合わせてスカラー量を作ってみせよう。 スカラーというのは、座標変換しても値が変わらないような量のことであった。 今、スピノル |a> を座標変換してやったものを |a'> と表そう。
という計算が成り立っている。 これのエルミート...