「まし」と「非現実」
~万葉集における「ましものを」の研究~
<はじめに―「まし」の性質>
「まし」は一般的に推量の助動詞とされ、多くは事実に反する推量・意志・希望などとして「反実仮想」の意味でとられる。
「まし」はしばしば「む」との対比によって説明される。両者の共通性は、推量のみでなく意志・希望の表現にも用いられるという点にある。「まし」の語源としても、「む」の未然形が体言化した「ま」という語に造形容詞語尾「し」がついたものが「まし」である、というように、「まし」を「む」から形成された準形容詞の一種とみる考え方がある。一方相違点は、「む」が「やがて実現することに対する推量=予想」を表し、客観的・現実的な性質をもつのに対し、「まし」が「実現しないことに対する推量=仮想」を表し、主観的・非現実的な性質をもつことである。
以下で詳しく述べるが、反実仮想を表す「まし」に、さらに現実への反発・嘆きを表す終助詞「ものを」が付くことで、「まし」のもつ表現力はいっそう強まると考えられる。ここでは「まし」を、「ましものを」の形に、また万葉集を用いて時代をある程度限定することで、「ましものを」の形がも...