佛教大学通信教育課程におけるレポートです。
ペスタロッチーの教育学(直観の原理など)について考察せよ
ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチーは、1746年にスイスのチューリッヒで生まれた。ペスタロッチーが幼い頃、外科医であった父のヨハン・バプテスト・ペスタロッチーが他界した。その後、ペスタロッチーは母のスザンナと家政婦のバーベリーによって育てられた。こうして幼年期に女性によって育てられたことは、後年教育における女性の重要説を説いたことに影響していると考えられる。しばしばペスタロッチーは牧師である祖父のアンドレアスのもとを訪れ、祖父が貧しい人々の救済のために働いているのを見て、同じく牧師となり宗教的信仰を以て救済事業にあたることを生涯の使命としようと決意したのだ。
ラテン語学校を経て、1761年から1763年はコレギウム・フマニタティス(人文大学)に在籍、1763年にはコレギウム・カロリヌームへ進学を学ぶために入学する。大学在籍時代ペスタロッチーは、貧民救済のために宗教ではなく法学を学ぶことが重要と悟る。そして、祖国への愛国心と政治改革に目覚め、「愛国者団」という政治結社を作り、政治運動を行う。しかし1767年政治事件にかかわり投...