万葉集に見られる難訓歌について、その定義や実際に訓じてみたことについて、各種文献を参照した結果をまとめる。
難訓歌とは、簡単に言ってしまうと訓じるのが難しい歌であり、訓について注釈の見解がわかれているものである。訓じるのが難しいと一言で言っても様々なパターンが考えられる。一つのパターンとしては、歌に含まれる漢字の読みが特定できない場合がある。特殊な使い方などで、他を当たってもあまり使用されていない読ませ方をしているものがそれだ。また、他のパターンでは、読みはわかっていても枕言葉や文脈から考えて意味が通らなくなるものがある。他にも様々なパターンが考えられるが、本レポートではその二つのパターンについて見ていきたいと思う。
万葉集の難訓歌について
~17番歌と3289番歌の例を通じて~
万葉集に見られる難訓歌について、その定義や実際に訓じてみたことについて、各種文献を参照した結果をまとめる。
難訓歌とは、簡単に言ってしまうと訓じるのが難しい歌であり、訓について注釈の見解がわかれているものである。訓じるのが難しいと一言で言っても様々なパターンが考えられる。一つのパターンとしては、歌に含まれる漢字の読みが特定できない場合がある。特殊な使い方などで、他を当たってもあまり使用されていない読ませ方をしているものがそれだ。また、他のパターンでは、読みはわかっていても枕言葉や文脈から考えて意味が通らなくなるものがある。他にも様々なパターンが考えられるが、本レポートではその二つのパターンについて見ていきたいと思う。
まず最初のパターンについて、17番歌を使って、その本文校訂での訓の方法をまとめてみたい。17番歌は
「つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや」
という訓があたっている(万葉歌を解読する、佐々木 2004)。他に「万葉集必携」「新訓万葉集 上巻」を調べた...