公害史(原田)メモ

閲覧数1,524
ダウンロード数0
履歴確認

    • ページ数 : 4ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    タグ

    代表キーワード

    公害史

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    公害史 原田正純
    “水俣の啓示”上下
    (色川大古編 築摩書房 1983年)
    桜井徳太郎 民俗学
    ゴムまり理論
    経済  ①お金
        ②自然 = 「海は預金通帳」
        ③人間関係
    授業メモ 12月23日
    新潟水俣病(1965年)
    熊本の水俣病が起こり、同じ作業行程をとる企業であり、なぜチッソで起こったことを学習せずに、たれ流し状態であったのか → 阿賀野川
    (チッソに似た企業は他に26社近くあり、その内の一社が新潟水俣病を引き起こした)
    熊本・・・原因究明に躍起、住民は無視される
    新潟・・・原因はわかっているから住民治療に
    1959年にはすでに熊本大学が原因究明をしていた。しかし、政府としては1968年に公害認定をしている。 → 原因究明から認めるまで約10年・・・
    「なぜ10年もたってそんなことを言う、59年にはわかっていたことではないか。」原田
    「先生そんなこと言っちゃいけないよ、国が認めないと私たちは救われないよ。」住民
    熊本大学と住民の関係は? → つながっていなかった
    原因究明に躍起になり、住民生活を無視してきた研究者たちが伺える。研究者たちは自分たちが研究してわかってい...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。