今日では世界中でも支持されている日本の伝統芸能・歌舞伎には「和事」と「荒事」の二種類の演出様式がある。
急速な政治・経済の発展を成した活気ある元禄時代にそれぞれは確立された。上方歌舞伎を「和事」、江戸歌舞伎を「荒事」と言うが、それぞれにどのような特徴があるか、比較検討しながら述べてみる。
この上方の「和事」であるが『歌舞伎事典』によると「濡れ事を中心として展開される柔弱な男性の行動を表すもの」とある。やつし事と言われ、身分あるものが傾城と恋仲になり、勘当されて苦労するというストーリーが和事には多い。主役の男性は若くて柔らかな色気を伴ったハンサムで上品だが、やさ男というのが典型である。
「和事」の作品としては『曾根崎心中』(一七〇三)が有名である。この作品は、元禄十六年(一七〇三)四月、大坂内本町の醤油屋平野屋の手代徳兵衛と北の新地の天満屋の遊女お初とが曾根崎天神の森で心中した事件を脚色したものである。この作品は事件の翌月にタイムリーに上演され、当時華やかな時代の裏で、封建社会の厳しい規律に縛られ閉塞感に苦しむ庶民の大評判を得た。
二人は愛し合う仲であったが、徳兵衛は主人...