幸福追求権とは、日本国憲法第13条によると、「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする。」と定義されている。
そもそも、この幸福追求権によって基礎づけられる個々の権利は、裁判上の救済を受けることができる権利であるが「公共の福祉に反しない限り」とはどのような場合であるか。憲法第12条では、公共の福祉を「国民は自由と権利を濫用しないで、つねに公共の福祉のために利用する責任がある」としてある。そこで、いくつかの事件を取り上げて考えてみた。
『宴のあと』事件では、元外務大臣A氏が東京都知事選挙に立候補したが落選し、A氏の妻は、料亭を経営しており、夫の選挙に尽力したが、選挙後二人は離婚した。この事から、作家・三島由紀夫氏は彼らの出来事と似たような話を雑誌『宴のあと』という題の小説で連載した。A氏は、『宴のあと』の公表により、プライバシーが侵害されたとして、三島氏と出版社を相手に、謝罪広告と損害賠償を求めて裁判を起こした。この事件では、出版社、三島氏側の憲法21条「表現の自由」と元外務大臣A氏の「プライバシー権」が衝突している。
幸福追求権とは、日本国憲法第13条によると、「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、最大の尊重を必要とする。」と定義されている。
そもそも、この幸福追求権によって基礎づけられる個々の権利は、裁判上の救済を受けることができる権利であるが「公共の福祉に反しない限り」とはどのような場合であるか。憲法第12条では、公共の福祉を「国民は自由と権利を濫用しないで、つねに公共の福祉のために利用する責任がある」としてある。そこで、いくつかの事件を取り上げて考えてみた。
『宴のあと』事件では、元外務大臣A氏が東京都知事選挙に立候補したが落選し、A氏の妻は、料亭を経営しており、夫の選挙に尽力したが、選挙後二人は離婚した。この事から、作家・三島由紀夫氏は彼らの出来事と似たような話を雑誌『宴のあと』という題の小説で連載した。A氏は、『宴のあと』の公表により、プライバシーが侵害されたとして、三島氏と出版社を相手に、謝罪広告と損害賠償を求めて裁判を起こした。この事件では、出版社、三島氏側の憲法21条「表現の自由」と元外務大臣A氏の「プラ...