何故、日本は韓国の歴史において『悪』のレッテルを、戦後60年経つ今もなお払拭できずにいるのだろうか。その根底はなんだろうか。今回は日本の『悪』とされる部分に焦点を当て、比較を交え探っていこうと思う。
まず参照するのは、日本でも庶民出で親しまれる太閤秀吉だ。秀吉といえば大阪城の他、朝鮮出兵でも有名な歴史的人物だが、韓国では反日感情の底流に存在し今なお引き合いに出されることもある。韓国在住の日本人達は今でも、スリやコソ泥などの被害に遭い文句を言うと、半ば冗談、半ば本気で壬辰倭乱の話を持ち出され、「それくらいはたいしたことじゃない」と説教されるそうだ。どこまでが真実かは判らないが、14世紀の昔から日本の『悪』が始まっている傾向がある。太閤の前振りを経て、1世紀前に起きる日本による支配が大きく圧し掛かる。
日本は対ロシア戦争の勝利後、総監府を置き、日本から派遣された統監が朝鮮の外交権を握るようになり、ついで司法・警察犬などの治安維持の制限をもぎ取り、朝鮮を事実上の植民地とした。これはイギリス・アメリカの承認のもとに行われた国際的な取り決めであった。朝鮮は、万国平和会議に日本の侵略を訴えようとしたが、外交権がなかった為に参加は認められなかった。ここでも、列強が日本の行動を容認していた様子が伺える。その後、反日義兵運動が活発化し、日本は武力により鎮圧している。数々の村を焼き払い、無差別な殺戮を展開した日本軍は大きな禍根を残したのである。
何故、日本は韓国の歴史において『悪』のレッテルを、戦後60年経つ今もなお払拭できずにいるのだろうか。その根底はなんだろうか。今回は日本の『悪』とされる部分に焦点を当て、比較を交え探っていこうと思う。
まず参照するのは、日本でも庶民出で親しまれる太閤秀吉だ。秀吉といえば大阪城の他、朝鮮出兵でも有名な歴史的人物だが、韓国では反日感情の底流に存在し今なお引き合いに出されることもある。韓国在住の日本人達は今でも、スリやコソ泥などの被害に遭い文句を言うと、半ば冗談、半ば本気で壬辰倭乱の話を持ち出され、「それくらいはたいしたことじゃない」と説教されるそうだ。どこまでが真実かは判らないが、14世紀の昔から日本の『悪』が始まっている傾向がある。太閤の前振りを経て、1世紀前に起きる日本による支配が大きく圧し掛かる。
日本は対ロシア戦争の勝利後、総監府を置き、日本から派遣された統監が朝鮮の外交権を握るようになり、ついで司法・警察犬などの治安維持の制限をもぎ取り、朝鮮を事実上の植民地とした。これはイギリス・アメリカの承認のもとに行われた国際的な取り決めであった。朝鮮は、万国平和会議に日本の侵略を訴えよ...