エネルギー世界論

閲覧数1,361
ダウンロード数2
履歴確認

    • ページ数 : 2ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

     最近いろんな人の論文やら、文献やらに目を通していると「世界は意識によって成り立っている」という意見をちらほら目にする。少なくとも生物に限って言うのであれば私も一理あると思うが、しかしそれでは生物以外のもの――例えば物質などについてはどうしても納得できない。というかそれ以前に、「意識とは何か?」と質問したい。意識については最近の脳科学の研究でも「意識とは何か」が問題になっており、正確な定義すらされていないのである。それぐらいあいまいなものによって世界を定義しても、あまり意味がない。 では世界は何によって成り立っているのだろうか?
     そもそも意識となんだろう? 私が考えるにそれはひとつのエネルギーである。物理の運動エネルギー(物体の移動する速さと重さに依存し、早さや、重さが大きくなるとエネルギーも大きくなる)や、熱エネルギーなどいったものと同じように意識も精神エネルギーとも呼ぶべきエネルギーなのである。
     物理には「物質を動かすものは物質である。」という基本原理がある。だがこれはおかしいと思う。なぜかというと、では人間を動かす物質とは何であるか? という疑問が残るからだ。 人に限らずこれはすべての生きとし生けるものに当てはまる。たとえば、人が手を上げたりするとき一体何の物質が働いているのだろうか? つまりこの基本原理は意識の持たないもの――生物以外のものだけしかなりたたないのである。 そこで物質以外の物質を動かすものをエネルギーとしてみよう。すなわち「物質を動かすものはエネルギーである」とするのである。確かにエネルギーでも物質は動くと考えられよう。試しにゴルフクラブで静止しているボールを打つことを考えてみる。クラブを振っているとき、クラブには速度があるのだから先に述べた運動エネルギーがある。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     最近いろんな人の論文やら、文献やらに目を通していると「世界は意識によって成り立っている」という意見をちらほら目にする。少なくとも生物に限って言うのであれば私も一理あると思うが、しかしそれでは生物以外のもの――例えば物質などについてはどうしても納得できない。というかそれ以前に、「意識とは何か?」と質問したい。意識については最近の脳科学の研究でも「意識とは何か」が問題になっており、正確な定義すらされていないのである。それぐらいあいまいなものによって世界を定義しても、あまり意味がない。 では世界は何によって成り立っているのだろうか?
     そもそも意識となんだろう? 私が考えるにそれはひとつのエネルギーである。物理の運動エネルギー(物体の移動する速さと重さに依存し、早さや、重さが大きくなるとエネルギーも大きくなる)や、熱エネルギーなどいったものと同じように意識も精神エネルギーとも呼ぶべきエネルギーなのである。
     物理には「物質を動かすものは物質である。」という基本原理がある。だがこれはおかしいと思う。なぜかというと、では人間を動かす物質とは何であるか? という疑問が残るからだ。 人に限らずこれ...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。