小泉八雲が日本を描いた作品の中でも『橋の上』は西南戦争時の混乱の世相が如実に表れている。また「私」と老車夫・平七の対話、主に朴訥な老車夫の回想に対し、好奇心旺盛な「私」が繰り返し仔細を問いかけるといった点には特筆すべき点が見られる。日本人にとって当たりまえの風景を西洋人的視点から一幅の絵のように切り出し、前半部にごく自然に散りばめている点については作品全体を引き締めるはたらきを持たせているように感じられる。「わずかに熊本城の美しい鼠色の輪郭が、さらに遠方の森の岡の緑を背景に鮮やかに浮きあがって見える。……中に住んで内から見ると熊本はみじめなみずぼらしい土地である。しかしあの夏の日に私が見たようにはるかに望めば熊本はお伽噺の都である。靄と夢とから生まれた都である」。回想シーン直前の、熊本城を眺めての描写であるが、これは当時西南戦争で疲弊、混乱した熊本城下の復興ままならぬ様子を「熊本はみじめなずぼらしい土地」と、また老車夫との一日の出会い、そして老車夫の回想を興味を持って聞き入り、旧士族階級などではない、一般の庶民さえ持つ日本人特有の生真面目さ、深く感動し、考えさせられた場面において「熊...