綿矢りさという作家がいる。近頃「蹴りたい背中」を発表した、いまだ十代の新世代の作家である。彼女が史上最年少17歳で第38回文藝賞を受賞した「インストール」を現代的な作品としてこれから考察してみたい。
簡単にあらすじを述べると、登校拒否になった女子高生と、ごく普通っぽい小学生の男の子がふとしたきっかけで出会い、いっしょにとあるバイトを始める。そのバイトというのが、いわゆるアダルトチャットの「さくら」。二人は大人の世界をすこし垣間見た後に、結局現実へと引き戻されていく。という話である。
インターネットやチャットが題材として使われているのはいかにも現代的である。インターネットの大きな特徴のひとつとして、匿名性というのがある。これは、とくにメールやチャットといったコミュニケーション・ツールについてよく言われることであるが、相手を特定するための要素が名前という文字のみであるがために、たとえば本当は男であるにもかかわらず、女性の名前を使い、女性を装ってコミュニケーションをしていたとしても、相手は基本的にその真相を確かめるすべがないのだ。じっさい、インターネットの世界では、女になりすます男たちのことを表す「ネカマ」なる言葉が普及しつつあるし、それでなくともハンドルネームの使用は、ますます個人をリアルな世界から切り離す役割を担っている。
これまでの自分とはまったく異なった、別の人格をもつ存在として生きることができる可能性を秘めた、仮想の世界――インターネットが今のように爆発的な広がりを見せることになった原因のひとつとして、映画「ユーガットメール」のような、匿名であるがゆえの気軽さ、自由さ、というものが挙げられたとしても、それは妥当なことだと言うことができるだろう。人は誰でも、今の自分を変えたい、変わりたいという願望を、心のどこかに抱えて生きているものなのだから。
綿矢りさという作家がいる。近頃「蹴りたい背中」を発表した、いまだ十代の新世代の作家である。彼女が史上最年少17歳で第38回文藝賞を受賞した「インストール」を現代的な作品としてこれから考察してみたい。
簡単にあらすじを述べると、登校拒否になった女子高生と、ごく普通っぽい小学生の男の子がふとしたきっかけで出会い、いっしょにとあるバイトを始める。そのバイトというのが、いわゆるアダルトチャットの「さくら」。二人は大人の世界をすこし垣間見た後に、結局現実へと引き戻されていく。という話である。
インターネットやチャットが題材として使われているのはいかにも現代的である。インターネットの大きな特徴のひとつとして、匿名性というのがある。これは、とくにメールやチャットといったコミュニケーション・ツールについてよく言われることであるが、相手を特定するための要素が名前という文字のみであるがために、たとえば本当は男であるにもかかわらず、女性の名前を使い、女性を装ってコミュニケーションをしていたとしても、相手は基本的にその真相を確かめるすべがないのだ。じっさい、インターネットの世界では、女になりすます男たちのこと...