41 外務省調査月報 2006/No. 3
研究ノート
武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
─対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の場合─
折田 正樹
はじめに
1. 対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争
についての国際法からみた評価
2. 武力行使に関する国連の法的枠組みの中での
対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の位置付け
3. 自衛のための先制攻撃論
4. 武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
おわりに
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42
43
50
52
56
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42 武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
はじめに
2001 年 9 月 11 日の米国における国際テロ攻撃以後、米国主導で行われた対アフ
ガニスタン軍事作戦及びイラク戦争は、国際法上の観点また国連の機能の観点から
大きな議論を呼んだ
1)。対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の法的位置付け、国
連の関与の度合いは異なるが、9・11 国際テロ攻撃後の国際安全保障情勢を反映し、
国際テロ ( 国家が行うもの及び非国家組織が行うもの )、大量破壊兵器の拡散、統治
能力が欠如した「破綻国家」から生ずる「新たな脅威」から国際社会がいかに安全
を確保するかの視点で共通の文脈を有するものである
2)。国連はいずれの場合も充分
1)本稿において「対アフガニスタン軍事作戦」とは、2001 年 10 月 7 日、米国等
により開始されたアフガニスタン内でのテロ掃蕩のための軍事作戦を言う。また、
「イラク戦争」とは、2003 年 3 月 20 日に開始された米国主導のイラクに対する武
力行使を言う。
2) 「新たな脅威」は、9・11 国際テロ攻撃以後、特に米国で強く認識されたものである。
2002 年 9 月に米国政府が発表した「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(www.
whitehouse.gov./nsc/nss.pdf) において次のように記されている。テロリスト、
「ならずもの国家」は、突然に攻撃を行う可能性があり、また、大量破壊兵器の入
手につとめているが、大量破壊兵器が使用されるならば甚大な被害を与え得ること
が脅威であり、また、テロリストの根拠地となるアフガニスタンのような「破綻国
家」も脅威となると述べた上で、国家と国家の間で、軍隊のような実力組織を動
員して攻撃が行われる脅威とは異なるものであるとし、このような「新たな脅威」
については、従来型の安全保障政策とは異なった対応が求められるとの趣旨を述べ
ている。また、2005 年 9 月の首脳レベル国連総会を控えて国連事務総長が同年 3
月に提出した報告書 (In Larger Freedom: towards development, security and
human rights for all と題する )(www.un.org/largerfreedom) においては、21
世紀の平和と安全に対する脅威は、単に国際戦争、紛争だけでなく、内乱、組織犯罪、
テロ、大量破壊兵器などから生ずる脅威が含まれるとし、従来とは異なる脅威があ
ることを示している。同報告書では、内乱等の状況にある国への人道的観点から
の軍事介入の問題にも言及している。
41 外務省調査月報 2006/No. 3
研究ノート
武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
─対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の場合─
折田 正樹
はじめに
1. 対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争
についての国際法からみた評価
2. 武力行使に関する国連の法的枠組みの中での
対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の位置付け
3. 自衛のための先制攻撃論
4. 武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
おわりに
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50
52
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42 武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
はじめに
2001 年 9 月 11 日の米国における国際テロ攻撃以後、米国主導で行われた対アフ
ガニスタン軍事作戦及びイラク戦争は、国際法上の観点また国連の機能の観点から
大きな議論を呼んだ
1)。対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争の法的位置付け、国
連の関与の度合いは異なるが、9・11 国際テロ攻撃後の国際安全保障情勢を反映し、
国際テロ ( 国家が行うもの及び非国家組織が行うもの )、大量破壊兵器の拡散、統治
能力が欠如した「破綻国家」から生ずる「新たな脅威」から国際社会がいかに安全
を確保するかの視点で共通の文脈を有するものである
2)。国連はいずれの場合も充分
1)本稿において「対アフガニスタン軍事作戦」とは、2001 年 10 月 7 日、米国等
により開始されたアフガニスタン内でのテロ掃蕩のための軍事作戦を言う。また、
「イラク戦争」とは、2003 年 3 月 20 日に開始された米国主導のイラクに対する武
力行使を言う。
2) 「新たな脅威」は、9・11 国際テロ攻撃以後、特に米国で強く認識されたものである。
2002 年 9 月に米国政府が発表した「アメリカ合衆国の国家安全保障戦略」(www.
whitehouse.gov./nsc/nss.pdf) において次のように記されている。テロリスト、
「ならずもの国家」は、突然に攻撃を行う可能性があり、また、大量破壊兵器の入
手につとめているが、大量破壊兵器が使用されるならば甚大な被害を与え得ること
が脅威であり、また、テロリストの根拠地となるアフガニスタンのような「破綻国
家」も脅威となると述べた上で、国家と国家の間で、軍隊のような実力組織を動
員して攻撃が行われる脅威とは異なるものであるとし、このような「新たな脅威」
については、従来型の安全保障政策とは異なった対応が求められるとの趣旨を述べ
ている。また、2005 年 9 月の首脳レベル国連総会を控えて国連事務総長が同年 3
月に提出した報告書 (In Larger Freedom: towards development, security and
human rights for all と題する )(www.un.org/largerfreedom) においては、21
世紀の平和と安全に対する脅威は、単に国際戦争、紛争だけでなく、内乱、組織犯罪、
テロ、大量破壊兵器などから生ずる脅威が含まれるとし、従来とは異なる脅威があ
ることを示している。同報告書では、内乱等の状況にある国への人道的観点から
の軍事介入の問題にも言及している。 本稿においては、対アフガニスタン軍事作戦、
イラク戦争の関連で大きな問題になった国際テロ ( 国家が行うもの、非国家組織が
行うもの )、大量破壊兵器の拡散、破綻国家から生ずる「新たな脅威」を対象に論
じることとする。 なお、人道的軍事介入を考慮しなければならない脅威については、
対アフガニスタン軍事作戦、イラク戦争との関連では主要な議論の対象にならなか
ったので本稿の対象からは除外することとする。
43 外務省調査月報 2006/No. 3
な役割を果すことが出来ず、国連の機能の限界が認識された。本稿では、対アフガ
ニスタン軍事作戦及びイラク戦争は法的にどのように評価され、国連の武力行使に
関する法的枠組みの中でどのように位置付けられるのかを論じた上で、この法的枠
組みにより、「新たな脅威」に対応することが可能であるのかどうかを論じてみるこ
ととする。
1. 対アフガニスタン軍事作戦とイラク戦争についての
国際法からみた評価
(1)対アフガニスタン軍事作戦をめぐる法的議論
(イ)対アフガニスタン軍事作戦は、当事者である米国そして英国により、9・11 の
国際テロ攻撃に対する個別的又は集団的自衛権の行使であり、国連憲章第 51 条の下
で、認められるものであると説明されている
3)。国連憲章上、安保理は自衛権の行使
の適否について判断をすることが出来る立場にあるが、自衛権を確認すると言う文
言を含む決議を採択し、米国等より報告を受けたものの、米国等の自衛権行使によ
3)米国政府は、2001 年 10 月 7 日、国連常駐代表発安保理議長宛の書簡 ( 国連安
保理文書 S/2001/946) の中で、「9 月 11 日の米国に対する武力攻撃を受けて、米
国は他の諸国とともに個別的又は集団的な固有の自衛の権利の行使として行動を
開始した」、「米国は、アルカイダ組織が攻撃の中心的役割を有しているとの明確な
証拠を有している」、「米国が開始した行動は米国に対する更なる攻撃を防ぎ、抑止
するためのものである」、「行動はアルカイダの訓練キャンプ、タリバン政権の軍事
施設に対するものが含まれる」、「9 月 11 日の攻撃とアルカイダによる米国と米国
民に対する引き続いての脅威は、タリバン政権がアフガニスタンの地域をアルカイ
ダ組織の作戦基地として使用することを容認していることから現実のものとなっ
た」、「米国と国際社会の努力にも拘わらずタリバン政権は政策を変えることを拒否
している」、「アルカイダ組織は、アフガニスタンの領域でテロ分子を訓練し、アフ
ガニスタンの領域よりテロ分子を支援している」等述べている。また、同日付け
の英国代表発安保理議長宛の書簡 ( 国連安保理文書 S/2001/947) においては、「部
隊が投入されたのは、9 月 11 日のテロ攻撃に対する個別的又は集団的自衛の行使
として、同じテロ組織による更なる攻撃を防止するためである。アルカイダのテロ
組織は、米国及びその同盟国に対する作戦に従事してきた」等述べている。
44 武力行使に関する国連の法的枠組みの有効性
る正当化について異論を唱えることはなかった
4)。これは、米国等による自衛権の行
使としての武力行使を安保理が容認したものと解し得る。
(ロ)国際テロ事件は 9・11 の国際テロ攻撃以前より発生していたが、非国家組織
が主体となった国際テロに関するそれまでの国連の対応の仕方は、累次の安保理決
議が示すように、テロを重大な犯罪とし、「国際の平和及び安全」との関係に言及し
ながら、個別の国家が、国際的な取り組みの中で、各国と協力をし、自国の管轄の
範囲において犯罪者の責任を追及し、引渡しを求め、テロ防止対策を実施するとい
うものであった
5)6)。
4) 2001 年 9 月 12 日の安保理決議 1368 は前文において「個別的又は集団的自衛
権を確認する」としている。同月 28 日の安保理決議 1373 も前文において安保理
決議 1368 を引用し「個別的又は集団的自衛権を再確認する」としている。
5)9 月 11 日のテロ攻撃以前にも、アフガニスタンのタリバン政権、ウサマ・ビ
ン・ラーディン等テロリスト、国際テロ阻止に関する安保理決議が成立している。
1999 年の安保理決議 1267 では、国連憲章第 7 章を引用し、アフガニスタンの
タリバン政権が支配している領域がテロ訓練や計画のために使用されていること
を非難し、国際テロを抑えることが「国際の平和と安全」の維持にとって必須の
ことであることを確認し、アフガニスタンのタリバン政権がウサマ・ビン・ラー
ディン等に隠れ場を提供し、彼らがアフガニスタンを国際テロ活動支援のための
基地として使用することを容認していることを遺憾とした上で、タリバン政権に、
テロリストの領域の使用をさせないこと、ウサマ・ビン・ラーディンを引き渡す
こと等を要求し、すべての諸国が、資金の凍結等の措置をとるべきことを決定し
ている。また、決議 1269 では、国際テロ一般を非難するとともに、全ての国に
テロ防止のための各種措置を講じることを求めている。
6)1986 年 4 月、米国はベルリンにおいて米国兵等に死傷者が出たテロについて、
リビアを攻撃したが、憲章第 51 条の自衛権を発動したものであると説明した。リ
ビアという国家が主体となったテロ攻撃が「武力攻撃」とされたと解される。
45 外務省調査月報 2006/No. 3
(ハ)対アフガニスタン軍事作戦の場合、安保理において自衛権の行使との説明は認
められないとの主張はなされなかったが、国際法学者の間からは、自衛権の行使と
いう正当化は出来ないのではないかとの議論が出た。特に、テロ攻撃を行ったとさ
れるアルカイダなる組織は、アフガニスタンと言う国家とは別の組織で民間人から
なるものであったことから、国家よりの武力攻撃を想定した国連憲章第 51 条の「...