宇宙の異邦人さそり座X

閲覧数1,127
ダウンロード数2
履歴確認

    • ページ数 : 3ページ
    • 全体公開

    タグ

    資料の原本内容

    宇宙の異邦人 さそり座X-1
     ある出会いがあなたの世界観を変えてしまったこと,ありませんか? しかもその新しい世界観があまりにも当たり前になり,昔は違った世界観を持っていたことすら思い出せないような,そんな出会いはありませんか? 今日は,そんな出来事を引き起こした,ある星と人類との出会いの物語をお聞かせしましょう。
    図1 さそり座
     さそり座といえば,夏の星座。「心臓」といわれる真っ赤な1等星アンタレスが有名ですが,今日のお話の主人公は,そのサソリの左ひじ付近にある星です。1962年,アメリカが打ち上げたちっぽけな観測ロケットに,とてもシンプルなX線検出器が搭載されていました。「何か見えるだろう」という,一見はなはだ適当な目的のもと,しかし「見えるはずだ」という物理的直感を信じて相当の苦労を乗り越えて打ち上げたに違いないその検出器は,なんと想像以上に明るいX線星が宇宙にあることを示したのです。「さそり座X-1」の発見です。  「宇宙がX線で輝いている?」,「そんなバカな」という言葉が後に付くほど,当時は宇宙といえば,無限に広がる大空間に太陽とよく似た無数の星々が悠久の輝きを放つ,静かな世界でした。可視光で輝く太陽の表面温度は約6000度ですが,X線を放射するにはなんと1000万度の物質が必要です。何千光年もの彼方から人類のちっぽけな検出器でとらえられるほどのX線を放射する,強力な数千万度の火の玉なんて存在しないだろう,と考えるのも無理はありません。  ところが見えてしまったのです。人類の勝手な思い込みなど,「事実」の前ではまったく無力です。しかし人類は,大変したたかで,柔軟な種族です。たかだか数年のうちに,そのX線星の正体を見破ってしまいました。今では,「宇宙からX線? あって当たり前ですよね」と,平然とのたまっております。悠久の静かな宇宙観から,ダイナミックで激動する宇宙観へ。宇宙に対する認識が,この星の発見を機に大きく変わったのです。  さて,このさそり座X-1は,どのような星なのでしょうか? 考えてみましょう。もし,直径1万kmの地球が,直径10kmにまで圧縮されたとしたら? あなたの足元の地面が,すぱっとなくなるわけです。いつまでも落下できますから,すごい速度まで加速できます。地面にたたき付けられる前に,秒速200km,マッハ500にも達するでしょう。では,地球より30万倍重い太陽が直径10kmにまで圧縮されたとしたら? なんと,その地面にたたき付けられるころには,光の速さの半分にまで加速できるのです。200gのお豆腐を落下させれば,それが「地表」にぶつかるときに発するエネルギーは,TNT換算で1メガトンと水素爆弾クラス。「豆腐のカドに頭ぶつけて死ぬ」どころではありません。  さそり座X-1の「灼熱の炎の源」は,まさにこれでした。この星は,平凡な赤い星と,とても小さくて重い星が,0.75日周期でくるくる回っている連星です。小さい方の星は中性子星と呼ばれ,かつて輝いていた大きな星がその最後に大爆発をしたときに残るしんだと考えられています。角砂糖1個分で十億トンにもなる非常に密度の高い物質でできたこの星は,直径10kmで太陽と同じ重さがあるのです。そこへ,お隣の平凡な星からガスが流れ込んできます。その量,なんと毎秒1兆トン。豆腐どころではありません。大爆撃です。かくして,たかだか山手線の内側くらいの空間に,すさまじいエネルギーが発生します。1000万度で済めば御の字というものです。
    図2 中性子星と普通の星から成る連星の想像図 ©NASA
     さそり座X-1とその可視光での対応天体の同定は,故小田稔先生をはじめ日本の研究者も活躍した,非常にエキサイティングな研究のたまものでした※1。2002年のノーベル賞の対象にもなった実験であり,多くの記事※2があります。可視光ではちょっと紫外線が強いだけのこの星は,しかしX線で見る宇宙ではダントツのナンバーワンです。なんと宇宙全体から太陽系に届くX線の3分の1は,この星からのものなのです。  その後,人類がますます賢くなって,X線天文学が発達した今,実はこの星はあまり人気がありません。何しろ明る過ぎて検出器の目がくらんでしまう上に,つまるところ,この星はごくありきたりの中性子星連星で,ただ単に地球にちょっと近かっただけだと分かってきたからです※3。宇宙には同じようなX線星が,星の数ほど輝いています。人類の興味は今,もっと過激な天体,巨大ブラックホールであるとか,銀河の大集団といった,新しいターゲットに多く向けられています。  でも,忘れてはいけません。今の「ホットで過激な大宇宙」という世界を人類に教えてくれた最初の「異邦人」は,極めて明るい,でも平凡な,この「さそり座X-1」であったことを。
    (ISASニュース 2005年9月 No.294掲載)
    資料提供先→  http://www.isas.jaxa.jp/j/column/famous/10.shtml

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。