1-11調和振動子

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    調和振動子
    軽い気持ちで書き始めたのだが、つい長くなってしまった。
    目的
     「時間に依存しない方程式」の形を学んだばかりでもあるし、慣れるために簡単な例を紹介しておこう。 前に、微分方程式の解には離散的なエネルギー値だけが許される場合があるという話をしたが、その状況がここで出てくる。 そのような制限が生じる理屈を知っておくのも面白い。
     それに今回の話は、応用範囲がとても広い。 現実的な問題への応用だけでなく、理論上の応用もある。 なるべく最短で最先端へ近付きたいのだが、どうしても避けて通れないところである。 まぁ、今はあまり深読みをしなくてもいいから、軽い気持ちで楽しんでもらえれば、と思う。
     必要になった時にまたじっくり読み返せばいいのだから。
    解くべき式
     理想的なバネにつながれて振動する物体の運動を「調和振動」と呼ぶ。 高校の物理で習い始める「単振動」というのは、「1次元のみの単純な調和振動」を略して「単振動」と呼んでいるのである。 調和振動を起こすような系を「調和振動子」と呼ぶ。 調和振動は変位に比例した復元力が働く時に起きる。
     これはフックの法則と呼ばれている式である。 先ほど言った「理想的なバネ」というのはそういうことだ。 高校物理に毒されていると、「バネは当然フックの法則に従う」ものだと無意識に信じ切ってしまっていることがあるが、現実のバネはこの法則におおよそ従っているだけに過ぎない。 しかし今は今後の理論の道具立てをしようという隠れた目的もあるので、理想論がとても大事なのだ。
     上のような理想的な復元力を実現するポテンシャルを求めるのは簡単だ。 力とポテンシャルの間には
    という関係があるので、 F(x) を x で積分してマイナスを付けてやればいい。
     難しいことを言わなくとも、単にバネの位置エネルギーである。
     ところで、バネ定数 k というのは高校物理から非常に慣れ親しんだ分かりやすい概念かも知れないが、調和振動が起こるときに必ずバネが存在しているとは限らない。 今後の理論では古典的な存在である「バネ」のイメージをあまり意識しないようにしたいので、 k を別の物理量で置き換えて使うことにしよう。
     古典的な振動解の一つは、
    であった。 だから、
    と書き直せばいい。 つまり、
    という形になる。 もちろん、k を使い続けても理論上の問題はあまりないのだが、こうしておいた方が式が綺麗にまとまることが多いという利点がある。 今の内に慣れておくのがいいだろう。 こういう書き換えは普通の力学でもよく行われることである。
     これで準備は整った。 ここまでは古典力学の話だったが、それを量子力学でやるとどうなるか、やってみよう。 こんな式を解けばいい。
     簡単には解けないのだが、不必要なくらいに丁寧に説明しておこう。
    解き方
     このままでは解きにくいので、なるべく簡単な形に変形する必要がある。 x と E を
    と置くと、方程式は
        (1)
    という簡単な形になる。 これは別に複雑なことをやったわけではない。 ただのスケールの変換だ。 x = a ξ , E = b ε とでも置いて代入してやり、 a, b をどう決めたら式が簡単になるかを考えればいいだけである。 もしバネ定数 k を使っていたら、a, b はもう少し面倒な形になるが、 (1) 式が導かれるという結果は変わらない。
     簡単な式にはなったけれども、いきなり解くのはまだ難しい。 そこで、ξ→∞ の極限での解がどうなるかをまず考える。 そこでは

    資料の原本内容

    調和振動子
    軽い気持ちで書き始めたのだが、つい長くなってしまった。
    目的
     「時間に依存しない方程式」の形を学んだばかりでもあるし、慣れるために簡単な例を紹介しておこう。 前に、微分方程式の解には離散的なエネルギー値だけが許される場合があるという話をしたが、その状況がここで出てくる。 そのような制限が生じる理屈を知っておくのも面白い。
     それに今回の話は、応用範囲がとても広い。 現実的な問題への応用だけでなく、理論上の応用もある。 なるべく最短で最先端へ近付きたいのだが、どうしても避けて通れないところである。 まぁ、今はあまり深読みをしなくてもいいから、軽い気持ちで楽しんでもらえれば、と思う。
     必要になった時にまたじっくり読み返せばいいのだから。
    解くべき式
     理想的なバネにつながれて振動する物体の運動を「調和振動」と呼ぶ。 高校の物理で習い始める「単振動」というのは、「1次元のみの単純な調和振動」を略して「単振動」と呼んでいるのである。 調和振動を起こすような系を「調和振動子」と呼ぶ。 調和振動は変位に比例した復元力が働く時に起きる。
     これはフックの法則と呼ばれている式である。 先ほど言った「理想的なバネ」というのはそういうことだ。 高校物理に毒されていると、「バネは当然フックの法則に従う」ものだと無意識に信じ切ってしまっていることがあるが、現実のバネはこの法則におおよそ従っているだけに過ぎない。 しかし今は今後の理論の道具立てをしようという隠れた目的もあるので、理想論がとても大事なのだ。
     上のような理想的な復元力を実現するポテンシャルを求めるのは簡単だ。 力とポテンシャルの間には
    という関係があるので、 F(x) を x で積分してマイナスを付けてやればいい。
     難しいことを言わなくとも、単にバネの位置エネルギーである。
     ところで、バネ定数 k というのは高校物理から非常に慣れ親しんだ分かりやすい概念かも知れないが、調和振動が起こるときに必ずバネが存在しているとは限らない。 今後の理論では古典的な存在である「バネ」のイメージをあまり意識しないようにしたいので、 k を別の物理量で置き換えて使うことにしよう。
     古典的な振動解の一つは、
    であった。 だから、
    と書き直せばいい。 つまり、
    という形になる。 もちろん、k を使い続けても理論上の問題はあまりないのだが、こうしておいた方が式が綺麗にまとまることが多いという利点がある。 今の内に慣れておくのがいいだろう。 こういう書き換えは普通の力学でもよく行われることである。
     これで準備は整った。 ここまでは古典力学の話だったが、それを量子力学でやるとどうなるか、やってみよう。 こんな式を解けばいい。
     簡単には解けないのだが、不必要なくらいに丁寧に説明しておこう。
    解き方
     このままでは解きにくいので、なるべく簡単な形に変形する必要がある。 x と E を
    と置くと、方程式は
        (1)
    という簡単な形になる。 これは別に複雑なことをやったわけではない。 ただのスケールの変換だ。 x = a ξ , E = b ε とでも置いて代入してやり、 a, b をどう決めたら式が簡単になるかを考えればいいだけである。 もしバネ定数 k を使っていたら、a, b はもう少し面倒な形になるが、 (1) 式が導かれるという結果は変わらない。
     簡単な式にはなったけれども、いきなり解くのはまだ難しい。 そこで、ξ→∞ の極限での解がどうなるかをまず考える。 そこでは ε は ξ2 に比べて無視できるだろう。 つまり、
    という式を解けばいいことになる。 これでもまだ厳密に解く事は難しいが、
    とすれば ξ→∞ では成り立っていると言えるだろう。 H は定数である。 しかし指数部分がもし正だと ξ→∞ で波動関数が発散してしまって、物理的に有り得ない解になるので、マイナスだけを解として採用することにする。
        (2)
     次に、この式を ε を含む元の方程式 (1) に戻してやる。 これは当然、解になっているはずがないのだが、 H が ξ の関数になっていると仮定して、 が解になる条件を無理やり H に課してやるのである。 変形は大して難しくないので読者に任せよう。 結果として次の式を得るはずだ。
        (3)
     もし H (ξ) がこの方程式を満たしていれば、先ほど求めた (2) 式はめでたく (1) 式の解となるということである。 これを解くために、 H (ξ) が
    という形に展開できると仮定して ak を求める事にする。 これを (3) 式に代入してやると、
     この式が常に成り立つためには、括弧の中が0でなくてはならないことから、
        (4)
    が成り立っていなければならない。  つまり、初項 a0 が決まれば、偶数次の項はそれに依存した形で次々と決まり、 a1 が決まれば、奇数次の項はそれに依存した形で決まるのである。 具体的には H は次のような形になる。
     しかしこの解は無限級数の形になっているので、ひょっとして ξ が ∞ に近付くところで発散してしまって、物理的に意味を成さなくなるのではないか、という心配がある。 実際、k→∞ の極限を考えると、(4) 式は
        (5)
    となるだろう。 唐突だが をテイラー展開してやると
    となる。 これは k が小さい内は違うのだが、 k→∞ になると (5) の条件に近付いてゆく。 つまり H は今のままでは k→∞ の極限でこれと同じ振る舞いをするということである。 もしこれを に代入したならば、
    となってしまって、波動関数は ξ→∞ で発散してしまうことだろう。
     そうならないためには、 H (ξ) は無限級数ではなく、有限の項で終わる多項式の形になっていてくれればいい。 たまたまどこか k 番目の項が0になってくれれば、次の k+2 項目も0になって、それ以降の項もずっと0になってくれる。  それを実現するためには
        (n は整数)    (6)
    という条件が成り立っていればいい。 これによって n 番目の項はまだ残るが、n + 2 項目からは0になるという理屈だ。 問題が一つだけある。 これだけでは n + 1 番目の項を0にする事は出来ないということで、それを解決するために、n が奇数の時には a0 = 0 、 n が偶数の時は a1 = 0 として元から止めておいてやらないといけない。
     結果として何が言えるか。 n の値によって H の形は変わるわけだが、それを Hn(ξ) と書いて具体的に書いてやると、
    という感じになる。 この Hn(ξ) を「エルミート多項式」と呼ぶ。 エルミートというのは数学者の名前で、綴りは Hermite と書く。 だから頭文字の H を使ってきたのだ。
     さて、関数 Hn(ξ) が n の値によって全く違う振る舞いをするというのは面倒である。 この関数には何か規則性がありそうなのだが、 n が異なる場合でもひとまとめに同じ式で表せれば便利だ。 期待通りの形式ではないかも知れないが、次のようにまとめる事ができる。
        (7)
     これを計算してやると、
    のような解が求められる。 先ほどと比べると係数 a0, a1 の値が毎回違うことになるが、あまり気にする部分ではない。 解として必要な条件は満たされている。
     念のため少し確認しておこうか。 (6) の条件を (3) 式に入れてやると、
    となるわけだが、(7) がちゃんとこの方程式の解になっていることは代入してみれば簡単に確認できるだろう。 問題ないようだ。
    結論
     結局、調和振動ポテンシャル中での波動関数の形は、
    であるということだ。 c は任意の定数が許されるが、規格化すれば決まる数値だ。 ξ と x とはスケールが違うだけなので、この形のままでも何も本質は変わらないし、むしろこの方がすっきりして見易いのだが、どうしても気になるという人のために、x の式に戻しておいてやろう。
     こんな感じになるだけだ。 大して面白いものでもない。
     一方、エネルギーは ε = 2n + 1 だけが許されているのだったが、つまり、
    ということである。 n は0を含む正の整数の範囲であった。 そうでないとエルミート多項式が定義されない。 つまり、許される最低のエネルギーは0にはならないということだ。
     これは物理的に何を意味するのだろう。 もしエネルギーが0になっていれば、それは運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーが同時に0であることを意味する。 つまり運動量は0で、しかも位置も原点にあるということが測定前からバレバレだということだ。 位置と運動量が同時に確定するのは不確定性原理に反するので、エネルギーが0になっていては困るのである。
     しかしエネルギーが0でないならばこういう問題は起こらない。 粒子は観測するまでどこにあるか分からないし、たとえ測定によって位置が分かっても、その瞬間、運動量は分からなくなる。 逆も然り。 運動量が精度よく測定できても、位置情報についての信頼性はその分だけ落ちる。
     このポテンシャルの中にある粒子は、どれだけエネルギーを失っても、量子力学的なゆらぎのために振動を止める事が決して出来ないのである。 n = 0 でも残ってしまうこの振動を「零点振動」、この時のエネルギーを「零点エネルギー」と呼ぶ。 言葉の響きがかっこいいせいか、SFな...

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