慣性モーメントテンソル

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    慣性モーメントテンソル
    回転を立体的に表す手法。
    動機と準備
     力学のページでは回転軸から r だけ離れた位置にある質点の慣性モーメント I が
    と表せる 理由を説明 した。 多数の質点が集まっている場合にはそれら全ての和を取ればいいし、連続したかたまりについて計算したければ各点の位置と密度を積分すればいい。 この I を使えば角速度 ω と角運動量 L の間に
    という関係が成り立つのだった。
     しかしこれでは不便なところがある。 一旦回転軸の方向を決めてその軸の周りの慣性モーメントを計算したら、その値はその回転軸に対してしか使えないのである。 まぁ当たり前の話ではある。 軸の方向を変えたらその都度計算し直してやればいいだけの話だ。 それで満足できる人はそれでいい。 この先も読まなくてもいい。
     しかし回転軸の方向をほんの少しだけ変更したらどうなるのだろう。 元から少しずらしただけなのだから、慣性モーメントには少しの変化があるだけに違いない。 わざわざ一から計算し直さなくても何か楽に求められるような関係式が成り立っていそうなものである。
     それがちゃんとあるのだ。 ある軸について一旦計算しておきさえすれば、「ほんの少しずらした場合」にとどまらず、どんな方向に変更した場合にでもちょっとした手続きで新しい慣性モーメントが求められるという素晴らしい方法だ。 もちろん楽をするためには少々の複雑さには堪えねばならない。
     回転軸を色んな方向に向ける事を考えるのだから、軸の方向をベクトルで表しておく必要がある。 角速度ベクトル ω と角運動量ベクトル L を次のように拡張しよう。 今後はベクトルは太字で表すことにする。
     このベクトルの意味について少し注意が必要である。 例えば、
    と書けば、x軸の周りに角速度 ωx で回転するという意味であるとしか考えようがないから問題はない。 それでは、
    となった場合にはどう解釈すべきだろう。 x 軸を中心に ωx で回転しつつ、同時に y 軸の周りにも ωy で回転するなどというややこしい意味に受け取ってはいけない。 x 軸が回った状態で y 軸の周りを回るのと、y 軸が回った状態で x 軸の周りを回るのでは動きが全く違う。 そのような複雑な運動を一つのベクトルだけで表せるだろうと考えるのは非常に甘いことである。
     ここは単純に、( ωx , ωy , 0 ) の方向を向いた軸の周りを、角速度
    で回っている状況だと理解するべきである。 この計算では ω は負値を取る事ができないが、逆回転を表せないのではないかという心配は要らない。 というのも、軸ベクトル ω の向きが回転方向をも決めているからである。 「右ネジの回転と進行方向」と同様な関係になっていると考えれば何も問題はない。 逆回転を表したければ軸ベクトルの向きを正反対にすればいい。
    素人考え
     記号の準備が整ったので、すぐにでも関係式を作りたいところだ。 x、y、z 軸それぞれの周りに物体を回した時の慣性モーメント Ix , Iy , Iz をそれぞれ計算してやれば、
    という3つの式が成り立っている。 それで、これを行列を使って
    のように配置してやれば3つ全てを一度に表してやる事が出来るだろう。 後はこれを座標変換でグルグル回してやりさえすれば、回転軸をどんな方向に向けた場合についても旨く表せるのではないだろうか。
     これは基本的なアイデアとしては非常にいいのだが、すぐに幾つかの疑問点にぶつかる事に気付く。 例えば、( ωx, ωy, 0

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    資料の原本内容

    慣性モーメントテンソル
    回転を立体的に表す手法。
    動機と準備
     力学のページでは回転軸から r だけ離れた位置にある質点の慣性モーメント I が
    と表せる 理由を説明 した。 多数の質点が集まっている場合にはそれら全ての和を取ればいいし、連続したかたまりについて計算したければ各点の位置と密度を積分すればいい。 この I を使えば角速度 ω と角運動量 L の間に
    という関係が成り立つのだった。
     しかしこれでは不便なところがある。 一旦回転軸の方向を決めてその軸の周りの慣性モーメントを計算したら、その値はその回転軸に対してしか使えないのである。 まぁ当たり前の話ではある。 軸の方向を変えたらその都度計算し直してやればいいだけの話だ。 それで満足できる人はそれでいい。 この先も読まなくてもいい。
     しかし回転軸の方向をほんの少しだけ変更したらどうなるのだろう。 元から少しずらしただけなのだから、慣性モーメントには少しの変化があるだけに違いない。 わざわざ一から計算し直さなくても何か楽に求められるような関係式が成り立っていそうなものである。
     それがちゃんとあるのだ。 ある軸について一旦計算しておきさえすれば、「ほんの少しずらした場合」にとどまらず、どんな方向に変更した場合にでもちょっとした手続きで新しい慣性モーメントが求められるという素晴らしい方法だ。 もちろん楽をするためには少々の複雑さには堪えねばならない。
     回転軸を色んな方向に向ける事を考えるのだから、軸の方向をベクトルで表しておく必要がある。 角速度ベクトル ω と角運動量ベクトル L を次のように拡張しよう。 今後はベクトルは太字で表すことにする。
     このベクトルの意味について少し注意が必要である。 例えば、
    と書けば、x軸の周りに角速度 ωx で回転するという意味であるとしか考えようがないから問題はない。 それでは、
    となった場合にはどう解釈すべきだろう。 x 軸を中心に ωx で回転しつつ、同時に y 軸の周りにも ωy で回転するなどというややこしい意味に受け取ってはいけない。 x 軸が回った状態で y 軸の周りを回るのと、y 軸が回った状態で x 軸の周りを回るのでは動きが全く違う。 そのような複雑な運動を一つのベクトルだけで表せるだろうと考えるのは非常に甘いことである。
     ここは単純に、( ωx , ωy , 0 ) の方向を向いた軸の周りを、角速度
    で回っている状況だと理解するべきである。 この計算では ω は負値を取る事ができないが、逆回転を表せないのではないかという心配は要らない。 というのも、軸ベクトル ω の向きが回転方向をも決めているからである。 「右ネジの回転と進行方向」と同様な関係になっていると考えれば何も問題はない。 逆回転を表したければ軸ベクトルの向きを正反対にすればいい。
    素人考え
     記号の準備が整ったので、すぐにでも関係式を作りたいところだ。 x、y、z 軸それぞれの周りに物体を回した時の慣性モーメント Ix , Iy , Iz をそれぞれ計算してやれば、
    という3つの式が成り立っている。 それで、これを行列を使って
    のように配置してやれば3つ全てを一度に表してやる事が出来るだろう。 後はこれを座標変換でグルグル回してやりさえすれば、回転軸をどんな方向に向けた場合についても旨く表せるのではないだろうか。
     これは基本的なアイデアとしては非常にいいのだが、すぐに幾つかの疑問点にぶつかる事に気付く。 例えば、( ωx, ωy, 0 ) という回転軸で計算してやると、
    となって、Ix = Iy でもない限り、 ω と L の方向が違ってきてしまうことになる。 角運動量が、実際に回転している軸方向以外の成分を持つなんて、そんなことがあるだろうか?
     また、上に出てきた行列は今は綺麗な対角行列になっているが、座標変換してやるためにはこれに回転行列を掛けることになる。 すると非対角要素が0でない行列に化けてしまうだろう。 そうなると変換後は x、y、z 軸についてさえ、 L と ω の方向が一致しなくなってしまうことになる。 こんな事でいいのだろうか。 この考えは本当に使えるのだろうか?
     閃きを試してみる事はとても大事だが、その結果が既存の体系と矛盾しないかということをじっくり検証することはもっと大事である。 しかし一度おかしな固定観念に縛られてしまうと誤りを見出すのはなかなか難しい。 最初から既存の体系に従っていけば後から検証する手間が省けるというものだ。 直観を重視するやり方はどうしても先へ進めない時以外は控えめに使うことにしよう。
    定義に忠実な関係式
     こういう時は定義に戻って、ちゃんとした手続きを踏んで考えるのが筋である。 角運動量ベクトル L の定義は、外積を使って、
    と表せる。 この定義についてはここでは説明しない。 外積についてはすでに電磁気学のページに出てきているので、そこからこの式の意味するものを掴んで欲しい。 ここで r は質点の位置を表す相対ベクトルであり、何を基準点にしても構わない。 この式では基準にした点の周りの角運動量が求まるのであり、基準点をどこに取るかによって角運動量ベクトルは異なった値を示す。
     一般的な理論では、ある点の周りに自由にてんでんばらばらに運動する多数の質点の合計の角運動量を計算したりするのであるが、今回は、ある軸の周りをどの質点も同じ角速度で回転するような状況を考えているので、そういうややこしい計算をする必要はない。 慣性モーメントは剛体の回転を表すという特別な場合に威力を発揮するように作られた概念なのである。
     さて、剛体をどこを中心に回すかは自由である。 必ずしも重心を基準にする必要もない。
     上で出てきた運動量ベクトル p の定義は p = m v と表せるが、この速度ベクトル v は角速度ベクトル ω を使って、
    と表せる。 つまり、まとめれば、L と ω の間に、
    という関係があるということである。 外積は掛ける順序や並びが大切であるから勝手に括弧を外したりは出来ない。 これにはちゃんと変形の公式があって、きちんと成分まで考えて綺麗にまとめれば、
    となることが証明できる。 有名な公式を使っただけである。 ここでもし第1項目だけだったなら、 L は ω と同じ方向を向いたベクトルとなっていただろう。 ところが第2項目は r 方向のベクトルである。 いや、マイナスが付いているから r の逆方向だ。 その合成ベクトルが L だというのである。
     これは驚きだ。 物体は、実際に回転している軸以外の方向に、角運動量の成分を持っているというのだろうか。 ちょっと信じ難いことだが、定義に従う限りはこれこそが正しい結果だと受け止めるべきである。 しかしなぜそんなことになっているのだろう。
     それを考える前にもう少し式を眺めてみよう。 このままだと第2項目が悪者扱いされてしまいそうだ。 2つの項に分かれたのは計算上のことに過ぎなくて、両方を合わせたものだけが本当の意味を持っている。 しかし2つを分けて考えることはイメージの助けとなるので、この点は最大限に利用させてもらうことにする。
     さて、第2項目の r にだって、ω と同じ方向成分は含まれているのである。 もし第1項目だけだとしたらまるで意味のない答えでしかない。 そのことが良く分かるように、位置ベクトル r の成分を ( x, y, z ) と書いて、上の式を成分に分けて表現し直そう。
     これを行列で表してやれば次のような、綺麗な対称行列が出来上がる。
     ここに出てきた行列 I こそ L と ω の関係を正しく結ぶものであり、慣性モーメント I の3次元版としての意味を持つものである。 これを「慣性モーメントテンソル」あるいは短く略して「慣性テンソル」と呼ぶ。
     これは先ほど単純な考えで作った行列とどんな違いがあるだろうか。 まず3つの対角要素に注目してみよう。 左上からそれぞれ、x、y、z 軸からの垂直距離の2乗に質量を掛けたものになっていることが読み取れよう。 つまり x、y、z 軸についての慣性モーメントを表しているわけで、この部分については先ほどの考えと変わりがない。
     先の行列との大きな違いは、それ以外の部分、つまり非対角要素である。 前の行列では0だったが、今回は何やら色々と数値が入っている。 これを「慣性乗積」と呼ぶ。 第2項目のベクトルの内、ω と同じ方向のベクトル成分を取り去ったものであり、 L を ω の方向からずらしている原因はこの部分である。
     慣性乗積が0にならない理由は何だろうか。 この部分は物理的には一体何を表しているのだろうか。
    慣性乗積の意味
     慣性乗積というのは、r 方向を向いたベクトルの内、 ω 方向成分を取り去ったものであると言えよう。 しかもマイナスが付いているからその逆方向である。 図に表すと次のような方向を持ったベクトルである。
     もしマイナスが付いていなければ、これは質点にかかる遠心力が軸を質点の方向へ引っ張って、引きずり倒そうとする傾向を表しているのではないかと短絡的に考えてしまった事だろう。 しかしこのベクトルは遠心力とは逆方向を向いており、なぜか L を遠心力とは逆方向へ倒そうとするのである。 この理由を説明できなくてはならない。
     遠心力と正反対の方向を向いたベクトルの正体は何か。 そもそもこの慣性乗積のベクトルが、本当に遠心力に関係しているのかとい...

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