中華世界の政治に最も影響を与えたのは科挙と言えるだろう。
中華世界だけでなく、中国を真似した国―日本―などにも深い影響を及ぼしている。
科挙が長い中国史の中でどのような役割を持ち、どのような要素・特色を示しているか、を考える前に科挙とは何であるかを簡単に説明しておく。
科挙とは、さまざまな科目による選挙(中国では官吏登用を選挙と言うので)を略したものである。三国時代の国の一つ、魏の定めた九品中正法が門閥貴族の天下を可能にするという弊害を生んだので、それを避けるために隋の文帝が、試験による官吏登用制度(選挙制度)として始めたのが科挙である。家柄や財産に関係なく、有能な人材を高級官僚に登用しようとするもので、元代に240年ほど中断されたものの、清末の1905年に廃止されるまで、約1300年間に渡って続けられた。
科挙の科目や機構は、時代によって変化したが、宋の始めに宗試(解試)・省試・殿試という3段階の試験制度が設けられ、科挙の制度が完成した。州試の合格者を挙人と呼び、省試によって合格し、さらに宮中での殿試に合格して進士となった。殿試とは、皇帝が試験官となって進士の成績序列を決め、これによって任官や将来の昇進が決定された。そのため、合格した進士達は、皇帝の恩義を感じて忠誠を誓い、独裁体制を補佐した。
宋の始め頃までは毎年行われていた科挙も、宋代後半には3年に1回となり、また第一関門の州試だけでも100倍近い難関であったので殿試にたどりつくのに多くの年月がかかる場合もあり、70歳過ぎの白髪老人が殿試を受けたという記録も残っている。
この科挙が中華世界の歴史の中で担ったものは何であろうか?
世界史概説
「科挙と中国史」
中華世界の政治に最も影響を与えたのは科挙と言えるだろう。
中華世界だけでなく、中国を真似した国―日本―などにも深い影響を及ぼしている。
科挙が長い中国史の中でどのような役割を持ち、どのような要素・特色を示しているか、を考える前に科挙とは何であるかを簡単に説明しておく。
科挙とは、さまざまな科目による選挙(中国では官吏登用を選挙と言うので)を略したものである。三国時代の国の一つ、魏の定めた九品中正法が門閥貴族の天下を可能にするという弊害を生んだので、それを避けるために隋の文帝が、試験による官吏登用制度(選挙制度)として始めたのが科挙である。家柄や財産に関係なく、有能な人材を高級官僚に登用しようとするもので、元代に240年ほど中断されたものの、清末の1905年に廃止されるまで、約1300年間に渡って続けられた。
科挙の科目や機構は、時代によって変化したが、宋の始めに宗試(解試)・省試・殿試という3段階の試験制度が設けられ、科挙の制度が完成した。州試の合格者を挙人と呼び、省試によって合格し、さらに宮中での殿試に合格して進...
『?(ローマ数字)』や『a(アルファベット)』を使用してまとめると更にわかりやすくなると思います。