【教育の根拠】
人間は教育によってその精神的,身体的可能性を開花させ,同時に社会の成員として必要な労働能力,社会的能力を身につける。教育なくしては個人の成長はなく,文化の伝達なくしては人類の持続と発展もありえない。教育の必要性 (必然性) は人間の本性そのもののうちにある。スイスの動物学者ポルトマン Adolf Portmann のいうように,動物学的にみて,なお 1 年間母胎にとどまることがふさわしくさえみえる時期に生まれてくる人間の新生児は,母親を中心とする周囲の保護と教育 (保育) なしには生存すら続けることができない。 〈人間は弱いものとして生まれる〉 (ルソー)。そして,まさしくその弱さこそ,発達の可能態であることを意味している。この可能性は,人間的な環境と文化的な条件のなかでのみ発現する。オオカミ少年や野生児の話が教えているように,人間は文化的,社会的環境のなかで,周囲からのさまざまな配慮によってはじめて一人前の人間になるのであり,もしこういう条件を欠けば,人間はその可能性の開花の機会を失ってしまう。たしかに,一面において,人間の子どもはオオカミの習性さえ模倣することができるという意味で,その適応能力の大きさを示してはいるが,しかし,この子が,人間の子どもとしての将来にわたる発達の可能性を失うことのほうが,ここではいっそう重要である。
教育について
目次
・教育 きょういく
【教育の根拠】
【教育の歴史性】
【教育と政治】
【教育的価値の独自性と相対性】
・教育学 きょういくがく pedagogy
【教授の学としての教育学】
【科学としての教育学】
【日本の教育学】
・教育哲学 きょういくてつがく
教育 きょういく
人間は歴史的に規定された社会的環境のなかで,意図的,無意図的なさまざまな刺激とその影響を受けて,成長し発達する存在である。教育とは,広義ではこれらの人間形成全体を指すが,狭義では一定の目的ないし志向のもとに,対象に対する意図的な働きかけを指す。この場合にも,次の世代への意図的働きかけにとどまらず,成人教育,生涯教育という言葉が示すように,同世代の,あるいは世代間の相互教育 (集団的自己教育) を含んで使用される場合もあるが,より限定的には,先行世代の,次の世代 (子ども,青年) に対する文化伝達と価値観形成のための意図的働きかけをいう。その教育には公的機関の関与のもとに,公費によって組織された公教育と,家庭ないしは私塾による私教育の形態がある。しかし,教育の公教育化は,近代以降一般的であり...